Читать книгу «ドラゴンの運命» онлайн полностью📖 — Моргана Райс — MyBook.
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第三章

グウェンドリンは弟のゴドフリーと共に城の内部に立ち、ステッフェンが手をねじり、動いているのを見ていた。彼は変わり者だった。奇形で猫背であるというだけでなく、神経質なエネルギーに満ちていた。目は動きを止めることがなく、まるで罪悪感にさいなまれているかのように両手を組んでいた。一方の足からもう片方の足へと移動し、低い声でハミングをしながら同じ場所で揺れていた。長年にわたるここでの孤立した生活が彼を風変わりな者にしたのだ、とグウェンは理解した。

グウェンは、自分の父に起きたことを彼がついに明らかにしてくれるのでは、と期待して待っていた。だが、数秒から数分が経ち、ステッフェンの眉に汗がにじみ始め、その動きが激しさを増しても、何も起こらなかった。彼のハミングで時折破られる、ずっしりと重い沈黙が続くだけだった。

夏の日に燃えさかる炉の火を間近にして、グウェン自身も汗ばみ始めた。早くこれを終わらせてしまいたかった。この場所から出て二度と戻りたくなかった。グウェンはステッフェンを細かく観察して彼の表情を解読し、心の内を理解しようとした。彼は二人に何か話すと約束しておきながら、沈黙していた。こうして観察していると、考えなおしているようにも見えた。明らかに、彼は恐れを抱いている。何か隠しているのだ。やがて、ステッフェンが咳払いをした。

目を合わせ、そして床を見ながら「あの夜、何かが落とし樋に落ちてきたのは認めますよ」と話し始めた。「それが何だったかはわからねえ。金属だった。その夜便器を外に運び出して、川に何かが落ちる音を聞いた。何か変わったものでしたよ。ですからね」両手をねじり、咳払いを何度もしながら言った。「それが何であっても、川に流されちまったんでさあ。」

「それは確かか?」ゴドフリーがせっついた。

ステッフェンは勢いよく頷いた。

グウェンとゴドフリーが目を見合わせた。

「それを少しでも見たかい?」ゴドフリーが問いただす。

ステッフェンは首を振った。

「短剣のことを言っていたでしょう。見てもいないのに短剣だとどうしてわかったの?」グウェンが尋ねた。彼が嘘をついていると確信したが、それがなぜかはわからなかった。

ステッフェンは咳払いをして、

「そうじゃないかと思ったから短剣だって申しましたんでさあ」と答えた。「小さい、金属のものでしたからね。他に何がありますかい?」

「便器の底は調べたのか?」ゴドフリーが聞く。「捨てた後に。まだ便器の底にあるかも知れない」

ステッフェンは首を振った。

「底は調べましたさ。いつもそうしますからね。何もありませんでしたよ。空でした。それが何だったとしても、もう流されちまったんですよ。浮いて流れていくのを見ましたから」

「金属なら、どうしたら浮くの?」グウェンが詰問する。

ステッフェンが咳払いをし、肩をすくめた。

「川ってのは謎が多くてね」彼が答える。「流れが強いんですよ」

グウェンは疑いの目をゴドフリーと交わした。ゴドフリーの表情から、彼もステッフェンを信じていないことが見てとれた。

グウェンはますますいらいらしてきた。また途方に暮れてもいた。ほんの少し前までステッフェンは自分たちに約束どおり何もかも話そうとしていた。だが今は、突然気が変わったかのように見える。

グウェンはこの男は何か隠していると感づき、近づいて睨みつけた。一番手強そうな顔をしてみせたが、その時、父の強靭さが自分の中に注ぎ込まれるような気がした。彼の知っていることが何であれ、それを明らかにするのだと心に決めていた。それが父の暗殺者を見つけるのに役立つのであれば尚更だ。

「あなた、嘘をついているわね」鉄のように冷たい声で彼女は言った。そこに込められた力に自分でも驚いた。「王族に偽証したらどんな罰が待っているか知っている?」

ステッフェンは両手をねじり、その場で跳び上がりそうになった。一瞬彼女のほうを見上げたかと思うと、すぐに目をそらした。

「すみません」と彼は言った。「申し訳ない。お願いだ。これ以上何も話すことはないんですよ」

「前に私たちに知っていることを話せば牢屋に入らなくて済むか、って聞いたわね」グウェンが言う。「でも何も話さなかった。何も話すことがないなら、なぜその質問をしたの?」

ステッフェンは唇をなめ、床を見下ろした。

「あた、あたしゃ・・・」彼は言いかけてやめ、咳払いをした。「心配だったんでさあ。落とし樋で物が落ちてきたことを報告しなかったら厄介なことになるんじゃあないかって。それだけですよ。すんませんでした。それが何だったかはわかりません。なくなっちまいましたから」

グウェンは目を細めた。彼をじっと見つめ、この変わり者の本性を見極めようとした。

「あなたの親方には一体何があったの?」見逃すまいとばかりに彼女は聞いた。「行方不明になっているって聞いているけど。そしてあなたが何か関係しているとも」

ステッフェンは何度も首を振った。

「いなくなったんですよ」ステッフェンが答えた。「それしか知りません。すみませんが、お役に立てるようなことは何も知らないんですよ」

突然、部屋の向こう側から大きなシューという音が聞こえ、皆振り返って、汚物が落とし樋に落ちて大きな便器の中に音を立てて着地するのを見た。 ステッフェンは振り向くと部屋を横切って便器まで急いで走って行った。脇に立ち、上の階の部屋からの汚物で満たされているのを見ていた。

グウェンがゴドフリーの方を見ると、彼もこちらを見ていた。同じように途方に暮れた顔付きだった。

「何を隠しているにせよ」グウェンは言った。「それを明かすつもりはなさそうだわ」

「牢屋に入れることもできる。」ゴドフリーが言う。「それでしゃべらせることができるかも知れない」

グウェンは首を振った。

「それはないと思う。この男の場合は。明らかに、ひどく怯えているわ。親方と関係があると思う。何かに悩まされているのは明らかだけど、それが父上の死に関係があるとは思えない。私たちの助けになることを何か知っているようだけど、追いつめたら口を閉ざしてしまう気がする。」

「なら、どうしたら良い?」ゴドフリーが聞いた。

グウェンは止まって考えていた。子供のころ、嘘をついたのが見つかった友達のことを思い出していた。両親が本当のことを言うよう詰め寄ったが、本人は決してそうしなかった。自分から進んですべてを明らかにしたのは、誰もが彼女を一人にしてあげるようになった数週間後のことだった。グウェンは同じエネルギーがステッフェンから出ているのを感じ取っていた。彼を追いつめたら頑なになってしまうこと、自分から出てくるスペースが彼に必要なことも。

「時間をあげましょう」グウェンは言った。「そして他を探すのよ。何を見つけられるかやってみて、もっとわかってから彼のところに戻るの。 彼は口を開くと思うわ。まだ準備ができていないだけ」

グウェンは振り返って部屋の向こう側のステッフェンを見た。 大鍋を埋めていく汚物をチェックしている。グウェンは彼が父の暗殺者へと導いてくれるのを確信していた。それがどのようになるかはわからなかった。彼の心の奥底にどのような秘密が潜んでいるのだろうか、と考えた。

不思議な人だわ、グウェンは思った。本当に変わっていた。

第四章

ソアは、目、鼻、口を覆い、辺り一面に注ぎ込む水をまばたきで払いながら、息をしようとしていた。船に滑り込んだ後、やっとの思いで木の手すりをつかみ、水が容赦なく握りしめる手を引き離そうとするのに抗い、必死にしがみついていた。体中の筋肉が震え、あとどれくらい持ちこたえられるかわからなかった。

周囲では仲間たちも同じように、ありったけのものにしがみついていた。水が船から叩き落とそうとするなか、なんとか踏みとどまっていた。

耳をつんざくような大きな音がし、数フィート先もよく見えなかった。夏の日だというのに雨は冷たく、ソアの体は冷え切って水を振り落すこともできなかった。コルクが立ちはだかり、まるで雨の壁も通さないかのように腰に手を当て、にらみつけながら自分の周囲に向かって吠えている。

「座席に戻れ!」コルクが叫んだ。「漕ぐんだ!」

コルク自身も席に着き漕ぎ始めた。間もなく少年たちがデッキ中を滑ったり、這ったりしながら、席に向かった。ソアが手を離してデッキを横切っていく時、心臓が激しく打った。ソアは滑っては転び、デッキに強く叩きつけられた。シャツの中でクローンが哀れな声を上げていた。

後はなんとか這ってすぐに席にたどり着いた。

「しっかりと結び付けておけ!」コルクが叫ぶ。

ソアが見下ろすと、結び目のついたロープがベンチの下にあった。何のためにあるものかやっとわかった。手を伸ばして手首の周りに結び、席とオールに自分を固定させた。

これが役に立った。もう滑らない。すぐに漕げるようになった。

周りでも少年たちが皆漕ぎ始めた。リースはソアの前の席だった。船が進んでいる感覚があり、数分もすると、雨の壁が前方で明るくなった。

漕げば漕ぐほど、このおかしな雨のせいで皮膚が焼けるようで、体中の筋肉が痛む。やっと雨の音が静まり始め、頭に降り注ぐ雨の量が減ったのが感じられた。その後すぐに、太陽が照る場所に出た。

ソアは辺りを見回し、ショックを受けた。すっかり晴れ上がって、明るい。これほどおかしなことは経験したことがない。船の半分は晴れて太陽が輝く空の下にあり、もう半分は雨の壁を通過し終えようというところで雨が激しく降り注いでいる。

やがて船全体が澄みわたった青と黄色の空の下に入り、あたたかな太陽の光が皆の上に注いだ。雨の壁があっという間に消えて静けさが訪れ、仲間たちは驚きに互いの顔を見合わせていた。まるでカーテンを通り過ぎて別世界に入ったかのようだった。

「休め!」コルクが叫んだ。

ソアの周りの少年たちが皆一斉にうめき声を上げ、あえぎながら休んだ。ソアも体中の筋肉の震えを感じながら同じようにし、休憩に感謝した。船が新たな海域に入ったのに合わせ、倒れこんであえぎ、痛む筋肉を休めようとした。

ソアはようやく回復し、辺りを見回した。水面を見ると、色が変わっているのに気付いた。今は淡く輝く赤色になっている。違う海域に入ったのだ。

「ドラゴンの海だ」隣にいたリースも驚いて見下ろしながら言った。 「犠牲者の血で赤く染まったって言われてるんだ」

ソアはその色を見つめた。ところどころ泡が立っている。離れたところで奇妙な獣が瞬間的に顔を出してはまた潜っていく。どれもあまり長い間水面にとどまらないため、よく見ることができない。だが、運にまかせて、もっと近くまで乗り出して見たいとも思わなかった。

ソアはすべてを理解し、混乱していた。雨の壁のこちら側は何もかもが異質だ。大気にはわずかに赤い霧まであり、水面上を低く覆っている。水平線を見ると、数十もの小さな島々が飛び石のように広がっている。

風がいくらか強くなってきた。コルクが進みでて叫ぶ。

「帆を揚げよ!」

ソアは周りの少年たちと共に迅速に動いた。ロープをつかみ、風をつかまえられるように引き上げる。帆が風を孕んだ。ソアは自分たちの下で船が今までにないスピードで前進していくのを感じ、一行は島を目指した。船が大きくうねる波に揺さぶられ、唐突に押し上げられては、静かに上下した。

ソアはへさきに向かって行き、手すりに寄りかかって遠くを見渡した。リースが隣にやって来て、オコナーも反対側に立った。ソアは二人と並んで立ち、島々がどんどん近づいてくるのを見ていた。長いこと黙ったままそうしていた。ソアは湿ったそよ風を満喫しながら体を休めた。

やがて、自分たちがある島を特に目指していることにソアは気づいた。どんどん大きく見えてくる。そこが目的地であることがわかるにつれ、ソアは寒気を覚えた。

「ミスト島、霧の島だ」リースが畏れを持ってそう言った。

ソアは目を見張り、じっくり観察した。その形に焦点が合ってくる。岩が多くごつごつした不毛の土地だ。それぞれの方角に長く細く何マイルも広がって、馬蹄型をしている。岸では大波が砕け、ここからでもその音が聞こえる。そして大岩にぶつかっては巨大な泡状のしぶきを上げていた。大岩の向こうには小さな一握りの土地があり、崖がまっすぐ空に向かってそびえ立っていた。ソアには船が安全に着岸できるかどうかわからなかった。

この場所の奇怪さに加え、赤い霧が島全体に立ち込めて、露が太陽にきらめき、不気味な雰囲気を醸し出していた。ソアはこの場所に非人間的な、この世のものではない何かを感じ取っていた。

「ここは数百万年も前から存在していたらしい。」オコナーが付け加えて言う。「リングより古い。王国よりも古いんだ」

「ドラゴンの地だ」リースの隣にやって来たエルデンが言う。

ソアが見ている間に、突然二番目の太陽が沈んだ。あっという間に太陽が輝く昼間から日暮れ時へと変わり、空は赤紫色に染まった。信じられなかった。これほど太陽が素早い動きを見せるのを見たことがない。この地で、他にも他と異なるものは一体何なのだろうと思った。

「この島にドラゴンが棲んでいるのかい?」ソアが尋ねた。

エルデンが首を振る。

「いや、近くに棲んでいるとは聞いている。赤い霧がドラゴンの息から作られると言われている。隣の島でドラゴンが夜に息をし、それが風で運ばれて日中島を覆うらしい」

ソアは突然物音を聞いた。それは始めは雷のような低いとどろきに聞こえた。長く、大きい音で船が揺れた。シャツの中に居たクローンが頭を引っ込め、哀れっぽい声を出した。

他の者たちは皆くるりと向きを変えた。ソアも振り返り、見渡した。水平線上のどこかに炎の輪郭がかすかに見えるような気がした。沈む太陽を舐めるような炎がやがて黒煙を残して消えた。まるで小さな火山が噴火したかのようだった。

「ドラゴンだ」リースが言った。「僕たちは今、奴の縄張りに入ったんだ」

ソアは息を呑み、考えた。

「どうして僕たちは安全でいられるんだ?」オコナーが聞いた

「どこにいても安全ではない」声が響き渡った。

ソアが振り返ると、コルクがそこに立っていた。腰に手を当て、皆の肩越しに水平線を見ている。

「あそこが百日間の場所だ。死の危険と日々を共にする。これは訓練ではない。ドラゴンがすぐ近くに生息し、その攻撃を止めることはできない。自分の島にある宝を守っているために攻撃をしかける可能性は低い。ドラゴンは自分の宝を置いたまま離れることを好まない。しかし君たちはその遠吠えを聞き、夜間にはその炎を目にするだろう。そして、どうかしてドラゴンの怒りを買うことがあれば、何が起こるかわからない」

ソアは再び低い鳴動を聞き、水平線上の炎が噴き出すのを見た。島に近づいていく間、波がそこで砕けるのを見つめていた。険しい崖、岩の壁を見上げ、どうやっててっぺんの平地にたどり着くのだろうかと考えた。

「船が着岸する場所が見当たりません。」ソアが言った。

「それは簡単なことだ」コルクがすぐに言い返す。

「ではどうやって島に上陸するのですか?」オコナーが尋ねる。

コルクが微笑んで見下ろした。不吉な笑みである。

「泳げば良いのだ」コルクが言った。

一瞬、ソアはコルクがふざけているのかと思った。だが彼の顔の表情からそうではないと悟った。ソアは息を呑んだ。

「泳ぐ?」リースが信じられない様子で繰り返した。

「あの海域には生き物がうようよしているじゃないか!」エルデンが叫ぶ。

「あんなのは可愛いものだ」コルクが続けて言う。「ここの流れは油断できないぞ。渦には飲み込まれる。波にはギザギザの岩に叩きつけられる。水は熱く、岩をやり過ごせても、陸にたどり着くためあの崖を登る方法を見つけねばならん。それも海の生き物がまず君らを捕まえなければだが。さあ、新しい住処へようこそ」

ソアは手すりの端で、眼下の泡立つ海を見下ろしながら皆と立ちすくんだ。そこでは水が生き物のように渦巻き、流れが一秒ごとに強くなっていく。船を揺らし、バランスを保つのがますます難しくなってきている。足下で波が狂ったように泡立ち、明るい赤色は地獄の血そのものを含んでいるかのようだ。最悪なのは、ソアが見たところでは、別の海の怪物が数フィートごとに顔を出していることだ。水面に上がってきては長い歯で噛みつくようにしてはまた潜っていく。

岸から遠く離れているのに、船が突然碇を降ろした。ソアは息を呑んだ。島を縁どる大岩を見上げた。自分たちが、ここからあそこまでどうやってたどり着いたものかと考えた。波の砕ける音は毎秒大きくなっていき、話す時は相手に聞こえるよう大声を出さなければならない。

見る見るうちに、幾つものボートが海に降ろされ、その後、船から30ヤードは優にあるだろう、遠く離れた場所へ指揮官たちにより動かされた。これは簡単じゃない。そこに行くまで泳いでいかなくてはならない。

そう思っただけでソアは胃が締め付けられた。

「跳べ!」コルクが大声で号令をかける。

初めて、ソアは恐怖を感じた。それはリージョンのメンバーや戦士としてふさわしくないことなのでは、と思った。戦士はいついかなる時も恐れてはならないとわかっていたが、今恐怖を感じていることは認めざるを得なかった。それが嫌で、そうでないことを願ったが、事実だった。

だが、周りを見て他の少年たちの恐怖におののく顔が目に入ると、ソアは少し気が楽になった。皆が手すりの近くで海面を見つめ、恐怖に立ち尽くしている。一人の少年は特に恐怖のあまり震えていた。盾を使った訓練の日に、恐れから競技場を走らされたあの少年だ。

コルクはそれに気付いたに違いない。船上を横切って少年のほうへやって来た。風で髪が吹き上げられても気にする様子もない。しかめっ面で、自然をも征服するかのような勢いだ。

「跳ぶんだ!」コルクは叫んだ。

「いやだ!」少年が答えた。「できません!絶対にするものか!泳げないんです!家に帰してください!」

コルクは少年のほうに向かって真っすぐ歩いて行き、少年が手すりから離れようとした時、シャツの背中をつかみ、床から高く持ち上げた。

「ならば泳ぎを覚えるがよい!」コルクはそう怒鳴ると、船の端から少年を放った。ソアには信じられなかった。

少年は叫びながら宙を飛んで行き、15フィートは先の泡立つ海に落ちた。しぶきを上げて着水し、水面に浮かんだ。ばたばたと体を動かし、息つぎをしようと喘いでいる。

「助けて!」少年は叫んだ。

「リージョンの最初の規則は?」コルクは水面の少年には目もくれず、船上の他の少年たちのほうを向き大声で聞いた。

ソアには正しい答えがおぼろげにわかっていたが、下で溺れかけている少年のほうに気が行ってしまい、答えられない。

「助けが必要なリージョンのメンバーを救うこと!」エルデンが叫ぶように言った。

「彼には助けが必要か?」コルクが少年を指さしながら聞く。

少年は腕を上げ、水面で浮いたり沈んだりしている。他の少年たちはデッキに立ち、恐怖で飛び込めないまま見つめている。

その瞬間、ソアに予想外のことが起きた。溺れかけている少年に注意を向けているうち、他のことがすべてどうでもよくなってしまった。 ソアはもはや自分のことなど考えていなかった。自分が死ぬかもしれないということは考えもしなかった。海、怪物、海流・・・それらすべてが消えていった。今考えられるのは人を救うことだけだ。

ソアは幅広の樫の手すりに登って膝を曲げると、考える間もなく宙高く跳び上がり、足下の泡立つ海に頭から飛び込んだ。

第五章

ガレスは大広間の父の王座に座り、滑らかな木製の肘掛に沿って手をさすりながら目の前の光景を見ていた。数千人もの臣民が室内を埋め尽くしていた。一生に一度しかない行事、ガレスが運命の剣を振りかざすことができるかどうか、選ばれし者かどうかを見とどけに、リング内のあらゆる場所から人が集まったのだ。国民は、父君の若かりし頃以来剣を持ち上げる儀式を見る機会がなかったため、誰もこのチャンスを逃したくなかった。興奮が巷に渦巻いていた。

ガレスは期待しながらもぼう然としていた。人がますます溢れ、室内が膨れ上がるのを見るにつけ、父の顧問団が正しかったのではないか、と思い始めた。剣の儀式を大広間で行い、一般に公開するのはあまりよい考えではなかったのではないかと。彼らは非公開の小さな剣の間で行うよう求めた。失敗した場合、それを目撃する者がわずかしかいないという理由だった。だがガレスは父の家来を信用しなかった。父の古い側近よりも自分の運命に信を置いていた。そしてもし成功した場合、自分の手柄を、自分が選ばれし者であることを王国中の者に見てほしかった。その瞬間をその場で記録にとどめたかったのだ。彼の運命が決まる瞬間を。

ガレスは優雅な物腰で広間に入場した。王冠と王衣を身に着け、笏を振りながら

、顧問たちに付き添われて進んだ。彼は、父でなく自分が真の王であること、真のマッギルであることを皆に知らしめたかった。予想どおり、ここが自分の城で、人々が自分の臣民であるとガレスが実感するまでにそれほどかからなかった。彼は皆にもそう実感してもらい、権力を示すのを多くの者に見てもらいたかった。今日から皆ははっきりと、自分が唯一の、本物の王であると知ることになるだろう。

だが、ガレスは今この王座に一人座り、部屋の中央にある、剣を置く鉄の突起が天井から差す陽光に照らされるのを見ながら、それほど確信が持てなくなっていた。自分がしようとしていることの重みが彼にのしかかっていた。もう後戻りのできない段階だ。もし失敗したら?ガレスはその考えを頭から払いのけようとした。

広間の向こう側の大きい扉が、きしむ音を立てながら開いた。興奮気味の「しーっ!」という声とともに、広間は期待に満ちた静寂に包まれた。12名の宮廷で最も屈強な者たちが、間に剣を掲げながら入場した。その重さに苦労している。片側6名ずつの男たちが、剣の安置場所まで一歩ずつ行進していく。

剣が近づくにつれ、ガレスの心臓は鼓動が早くなった。一瞬、自信が揺らいだ。今まで見たことがないほど大柄の、この12名の男たちに持ち上げることができないのなら、自分にできる見込みなどあるのだろうか?だが、ガレスはそのことは考えないようにした。剣は運命に関係しているのであって、権力ではないのだ。そして、ここにいること、マッギル家の第一子であること、王であることが自分の運命なのだと自分にいい聞かせた。会衆の中にアルゴンの姿を探した。どういうわけか、急に彼の助言を無性に仰ぎたくなった。その助けが最も必要な時だった。なぜか、他の者は思い浮かばなかった。だが、アルゴンの姿はなかった。

やがて12名の男たちは広間の中央まで進み、太陽の光が差し込む場所に剣を運んで、鉄製の突起状の台に安置した。金属の音が響き、室内にこだまするなか剣が置かれ、静寂が広がった。

会衆は自然と分かれて、ガレスが剣を持ち上げるために進めるよう道を開けた。

ガレスは王座からゆっくりと立ち上がり、この瞬間と、自分が集めている注目とを味わった。全員の目が自分に注がれているのを感じた。王国の誰もが完全に、これほどの注意を向けて自分を見つめ、自分の動きのすべてを見ようとする、このような時は二度とやって来ないだろうとわかっていた。子供の頃から、この瞬間を心の中で何度も思い描き、そして今その時がやってきた。ゆっくりと時が流れて欲しいと思った。

王座の階段を一段ずつゆっくり味わいながら下った。足下の真紅の絨毯を、その柔らかさを感じながら、一筋の太陽の光に、剣に近づいて行った。それは夢の中を歩いているようだった。自分が自分でないような気がした。自分の中に、以前夢の中でこの絨毯を何度も歩き、剣を何百万回も持ち上げたことのある自分があった。それが一層、自分が剣を持ち上げるよう運命づけられていると、運命に向かって歩いているのだと感じさせた。

どう事が運ぶか、ガレスは頭の中で思い描いた。堂々と進み出て片手を伸ばし、臣民が乗りだして見守る中、素早く劇的に剣を振り上げ、頭上にかざして見せる。皆、息を呑み、ひれ伏して彼を選ばれし者であると宣言する。歴代のマッギルの王のうち最も重要で、永遠に支配することを運命づけられた者として。その光景に皆が歓喜の涙を流すのだ。そして彼を畏れ、服従する。これを見るために生きてきたことを神に感謝し、彼こそ神であるとあがめる。

ガレスは剣にあと数フィートというところまで近づき、体の中で震えを感じていた。太陽の光の中に入ると、何度も目にしたことのある剣でありながら、その美しさにはっとさせられた。これほど近づくことは許されなかったため、驚きを禁じ得なかった。強烈だった。誰にも判別できない素材で造られた、長い輝く刃の剣は、ガレスもこれ以上華麗なものを見たことがないほどの柄を持っていた。 美しい、絹のような布に包まれて、あらゆる種類の宝石が散りばめられ、端にはハヤブサの紋章を施してある。歩み寄ってかがみ込むと、強力なエネルギーが発散されているのを感じた。鼓動しているようにさえ見えて、ガレスは息もできないほどだった。間もなく、それを手にして頭上高くに掲げることになる。太陽の光の中、誰からも見えるように。

大いなる者、ガレスとして。

彼は手を伸ばし、その柄に右手を置いた。そして宝石の一つ一つを、輪郭を感じ取りながら、ゆっくりと指を添わせ、握った。痺れる感覚を覚えた。強烈なエネルギーが手のひらから腕、そして全身へと広がった。経験したことのない感覚だった。これこそガレスのためにある瞬間、人生最高の時だ。

ガレスは一か八かやってみるというようなことはしなかった。もう片方の手も下ろし、柄にかけた。目を閉じ、浅く息をした。

神の意にかなうなら、どうかこの剣を振り上げさせてください。私に王であるしるしをお与えください。私が統治する者として運命づけられていることをお示しください。

ガレスは沈黙したまま祈った。祈りへの応え、しるし、完璧な瞬間を待った。だが数秒が、10秒がまるまる過ぎ、王国全体が見守るなか、何も起きることがなかった。

そして突然、父のこちらを睨み返している顔が見えた。

ガレスは恐怖に目を見開き、頭からその像を消し去りたかった。心臓が高鳴り、恐ろしい前兆のような気がした。

今しかない。

ガレスは前にかがみ込み、全力で剣を振り上げようとした。全身が震え、けいれんするまで力を振り絞った。

剣はびくともしなかった。まるで地球の土台を動かそうとしているかのようだった。

ガレスはまだ懸命に試みていた。はたから見てわかるぐらいにうめき声を上げ、叫んだ。

やがて彼は倒れた。

刃は1インチとて動かなかった。

ガレスが床に崩れ落ちた時、ショックに息を呑む音が室内に広がった。顧問が数名助けに駆け寄り、様子をうかがった。ガレスは乱暴を彼らを押しのけた。気まずい思いで彼は立ち上がった。

自尊心を傷つけられ、ガレスは臣民が今自分のことをどう見ているかを確かめようと見渡した。

彼らは既にガレスに背を向け、部屋から退出しようとしていた。その顔に落胆を、自分が彼らの目には失敗としか映っていないことを見てとった。今では全員が、自分が彼らの真の王ではないことを知っている。運命の、選ばれしマッギルではないと。彼は何物でもない、王座を奪ったまた別の王子でしかないと。

ガレスは恥で全身がほてるのを感じた。これほど孤独を感じたことはなかった。子供の頃から夢見てきたことのすべてが嘘で、妄想だったのだ。自分のおとぎ話を信じてきただけだった。

そのことが彼を打ちのめした。